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祇園祭は八坂神社の祭で、大阪の天神祭・東京の神田祭とともに、日本三大祭のひとつに上げられており、 その歴史の長いこと、またその豪華さ、祭事が1ヶ月にわたる大規模なものであることで広く知られています。

夜には四条通りや烏丸通りの一部が、歩行者天国になり車が通れなくなります。
この歩行者天国も祇園祭の醍醐味の1つですね。
およそ1100年前、疫病退散を祈願、日本全国の国の数の鉾66本をつくらせ、 その崇りを沈めるために祇園御霊会を行ったのが始まりと伝えられています

 
 

今からおよそ1,100年前の清和天皇の貞観11年(869)に、京都に疫病が流行し、死人が多数出た。 これは、牛頭(ごず)天王(素戔鳴尊(スサノオノミコト)ともいわれている)のたたりであるとし、 そのご機嫌をとるため牛頭天王をまつり、疫病退散を祈願したのが祇園祭のはじまりと伝えられている。

その形態は、日本全国の国の数だけ(66本)の鉾をつくらせ、それを神泉苑(中京区御池通大宮)におくり、 悪疫を封じ込む御霊会を行ったものである。
その後、祇園社の興隆とともに、祇園祭は“祇園御霊会”または、略されて単に祇園会とよばれて発展するようになった。
はじめは、疫病流行の時だけ行われていたが、円融天皇の天禄元年(970)からは、毎年6月14日に行われるようになった。
そしてその後、保元・平治・応仁・文明などの乱のたびに祭礼は一たんとだえたが、 すでに町衆の手に支えられていた祇園祭は町衆の手によってすみやかに復興するとともに従来にも増して創意や趣向がこらされ、 内容外観ともにますます豪華絢爛なものとなっていった。

また、当時の町衆の信仰と勢力は次第に大きくなり、天文2年(1533)法華一揆に際して、 室町幕府は神事停止をしたが、町衆の熱望により、“神事これなくとも、山鉾渡したし”と反抗した程である。
なお、山鉾が今みられるような形になり、豪華な飾りをつけるようになったのは、 桃山時代から江戸時代にかけて貿易が盛んになり、町衆の繁栄により、 舶来のタペストリーや国産で最高級の西陣織などが競って用いられるようになってからである。

このように、祇園祭は、1,000年の伝統を誇り、京都の歴史とともに歩んできたといえよう。

 
 

祭りのハイライトは17日に行われる32基の山鉾巡行。

これらの山鉾のうち29基は重要無形民俗文化財に指定されています。 巡行は午前9時、四条烏丸から長刀鉾(なぎなたぼこ)を先頭に河原町通を経て御池通へ向います。

途中、「注連縄(しめなわ)切り」「くじ改め」や豪快な辻廻しなどで見せ場を作り、 豪華絢爛な一大ページェントが繰り広げられます

 
 
日時7月14〜17日

17日午前中に山鉾巡行 

四条通・烏丸通(一部) 歩行者天国

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